竹田昭彦・日誌(#15)・7月07日(日)    
湯布院 温泉街を行く
観光客に アピール

由布院駅前の由布見通りを行進
=2019/07/07
、由布市
外国人観光客で賑わう「湯の坪街道」
=2019/07/07
、由布市
日出生台演習場の監視所(監視時には横断幕の後ろにプレハブが建つ)背後の由布岳は雲がかかり見えません=2019/07/07、由布市
 今日は、由布市の行進です。
 天気は、うす曇りでした。
 8時30分、大分市の宿を宣伝カーで出て、1時間15分かかり、由布市のJR由布院駅に着きました。
 10時、駅前で出発式を開き、地本代表の挨拶を頂き、行進へ移りました。
 地本代表(75歳)の挨拶では、参加者の高齢化がすすみました。数年以内に責任者の若返りを図りたいといわれました。その問題は、多くのところの悩みです。
 行進は、駅前通りから由布見通りに進み、由布院夢美術館の先の交差点で右折し、湯の坪街道に入りました。
 すると、急に観光客が多くなり、ビックリしました。多くは、外国人でした。その8割は韓国で、他は中国(主に台湾)などだそうです。
 早速、韓国語で「アンニョンハセヨ」(こんにちわ)と声をかけ、手を振りますと、多くの人がにっこりされ、手を振られました。気分がハイになり、挨拶を続けました。
 韓国人か、中国人か、日本人か、顔かたち、服装等では、区別がつきません。最近の遺伝子情報研究では、縄文時代に朝鮮半島から多くの人が渡来し、現在の日本人が形成されたと言います。
 「アンニョンハセヨ」の他に、ピースサインとピースウオークの声も加えたので、平和行進が伝わったことでしょう。
 核兵器廃絶運動は、昨年からの朝鮮半島をめぐる南北会談、米朝会談が開かれ、急速な変化が生まれています。北東アジアの非核化には、両国民の連帯運動が大きな役割を果たすと思います。
 参照 http://takeda-a.net/a-nikkan-sympo
 11時5分、行進は、「湯の坪街道」から駅前に戻り、終了です。
 午後は、広次忠彦大分県原水協事務局長の案内で、自衛隊日出生台(ひじゅうだい)演習場を見学しました。
 現地に向かう途中、遠入健夫前大分県原水協事務局長の娘さん宅を訪問し、娘さんにお会いしました。 
 遠入さんは、長年核兵器廃絶運動に尽くされた方です。2006年の大分行進のときは、たいへんお世話になりました。そのとき、お孫さんを可愛がっていたことを思い出します。高校2年生になったそうです。
 故遠入健夫さんのご冥福をお祈りいたします。
 演習場は、西日本で最大です。

 参照 http://takeda-a.net/06-7-16
 毎年2月に米軍の演習があり、それを監視してきたのが広次さんです。その時期には、監視用のプレハブを建て、砲弾の発射・着弾をカウントします。
 その場所は、いわゆる「安保の見える丘」です。監視位置から、広大な演習場と背後の由布岳(1583m)を眺めました。由布岳は雲がかかり、見えません。名峰由布岳の裾野での演習は、東富士演習場と同じ屈辱を感じました。
 参照 http://takeda-a.net/17-5-21 http://takeda-a.net/16-5-21
 今日の行進距離は、15人前後で2.6㎞歩きました。

 
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