2017年 ローママラソンを走る

竹田 昭彦
① 着替えを預けるリックにゼッケン番号を入れるポケットがある
=2017/4/02
② リックを預けるトラックの荷台にリックをかけるフックがある
=2017/4/02
③ 10㎞地点の3区分の通過タイム表示
=2017/4/02
④ 7時間のペースメーカーとパチリ。ゼッケン番号の下に名前と国旗がある
=2017/4/02、30㎞過ぎ
⑤ バスケットボール2個を突きながらゴールの女性(中央)と記念撮影
=2017/4/02
⑥ バチカンのサン・ピエトロ広場を走る筆者
=2017/4/02、15㎞過ぎ
⑦ シルクロード2万㎞奈良・ローマ「ユメのゴール」の筆者
=1999/10/28、バチカンのサン・ピエトロ広場
 2017年4月2日(日)、第23回ローママラソンを走りました。
 スタート・ゴール地点は、ローマの観光名所「コロッセオ」前です。
 コースは、ローマ市内の観光名所巡りで、ヨーロッパの主要都市のマラソンコースと同じ趣向でした。
 ▼ イタリア人は、きめ細かいようで、マラソン大会運営に色々な工夫がありました。
 (1) 荷物預かり
 ゼッケン受取所で配布の荷物預けリックに、初めて見る工夫がありました。
 リック背面の上部に、透明のビニールでポケットを作り、ゼッケン番号カードを入れるアイデアです(写真①)
 そして、預けるトレーラトラックの荷台のフックに掛ける工夫でした(写真②)
 一目で番号が分かり、入れ出しが短時間ですみます。1台当たりの収容は、番号順に700人分ずつでした。
 これまでの体験では、荷物を預けるのに、待たされる時間が長く、かつ、スタート位置と離れれることが多く、スタート時間に間に合うか心配でした。
 ここでは、「コロッセオ」の外周を、ランナーがスタートラインへ向かう誘導路に利用し、その誘導路にトラックが並んでいました。
 歩きながら預けられほどの手際の良さで、たいへんビックリしました。
 (2) ゼッケンに名前と国旗
 ゼッケン番号の下の欄に、名前と国旗が印刷してありました(写真④)
 名前の印刷は、他でもありましたが、国旗は初めてです。
 国旗を見れば、何処の国のランナーか、一目で分かる配慮です。
 (3) ウエーブスタートと計時板
 スタートは、A(1)、B(2)、C(3)の3つに分けた、時差式のウエーブスタートでした。
 スタート時間に差が出るので、5㎞毎と、ゴールのタイム表示が、3つに分かれていました(写真③)
 この方式も、初めて見ました。
 (4) ペースメーカーの役割
 ペースメーカーは、3~7時間30分までの間、15~30分間隔で14のゴール目標時間が組まれていました。
 7時間30分のペースメーカーの配置も、他で見たことがなく、ビックリしました(制限時間7時間30分)。
 同じ目標時間によっては、AとB、BとC、と区分したペースメーカーの配置もしてあります。
 さらに、ペースメーカーが背面へ付けるゼッケンのカラーも区分してありました。
 その上、各ペースマーカーの名前が、Webで公表されていました。彼らは、誇りを持って責任を果たせると思います。日本では、思いもつかないことでした。
 私は、京都木津川マラソンで、10数年6時間のペースメーカーをしてきました。当初は、申込パンフに、3~5時間30分までのペースメーカーの設定は書かれていましたが、6時間は書かれませんでした。書かれるまでには、数年の努力を要しました。6時間かかるランナーは、遅すぎると思われたのでしょう。
 参照 marathon-14-kidugawa.html
     marathon-17-kidugawa.html
 今回、30㎞過ぎから、7時間のペースメーカーと一緒に走りました。
 走り方は、カナダ方式(下記・参照)に似ており、数分走って、数分歩く繰り返しでした。その合図を、女性のペースメーカーが「呼び子」の笛で行っていました(写真④)
 参照 marathon-11-toronto.html
 もう一つ、たいへん勉強になったのは、ラスト5㎞ほどから、ペースメーカーが大きな声で、ランナーへの励ましを観衆や通行人へ求めるパフォーマンスでした。
 その呼びかけ声で、サッカー試合のような雰囲気になるのでビックリしまた。イタリアの国民性も、あるのでしょうか。
 ペースメーカーが発するイタリア語の意味は、分かりませんでしたが、ランナーのガンバル姿をアピールし、共感の応援を求めているように感じました。
 ゴールでは、ペースメーカーのリードで、一緒のランナーが手を繋ぎ、歌をうたってゴールしました。
 私がペースメーカーをしてきた場合は、観衆から手が振られ、「ガンバレー」などと声がかかってから、手を振るなどの後手で、大会を盛り上げるパフォーマンスを意識していませんでした。
 足の速い人も遅い人も、共にマラソンを楽しむイタリアのマラソン文化が、観光名所のルートを交通規制して、大会を実行出来る大きな力だと感じました。
 来年は、7時間30分のペースメーカーを志願したいと思います。
 ▼ 大会の天気は、スタート直後から10㎞ほどと、中間過ぎから10㎞ほどで、雨が降り、手がしびれる寒さを感じました。
 昨日は、20度を越える陽気でしたが、今日は10度ぐらいに下がりました。
 スタート・ゴール周囲や観光名所周辺は、石畳で滑りやすいので、転ばないよう注意して走りました。
 ▼ 9㎞過ぎで、イタリアの婦人が、2個のバスケットボール地面に突きながら追いついて来ました。
 「フルコースをプレーしますか」、と聞きますと、うなずかれ、ビックリしました。
 追い付いて行こうとしましたが、1㎞を9分位のペースなので、間もなく見えなくなりました。
 その婦人へ、40㎞過ぎで追いつきました。石畳の続くコースで、ボールが正確に手元に戻らず苦闘しており、転げたボールを拾ってあげました。
 私もボールを突いてみると、バスケットボールより反発力が強いボールでした。
 彼女は、私のゴール後、間もなくゴールしました。長時間の奮闘をねぎらい、記念写真を撮りました(写真⑤)
 私のゴールタイムは、6時間57分39秒で総合13,320位(男性で10,544位)です。Webで発表の最終ランナーは、7時間25分43秒で総合13,375位でした。
 ▼ 今日のコースでは、思ってもいなかったことがありました。
 バチカンへ向かう正面道路を走り、サン・ピエトロ広場を通ったことです。(写真⑥)
  私は、40代のとき、シルクロード走りたいとユメを見ました。コースは、奈良の正倉院をスタートして、福岡から中国へ渡り、中央アジア、トルコ、ギリシャ、そしてイタリアのローマへ行き、バチカンでゴールする2万㎞です。
 現実的には、ユメのユメに終わりました。
 ただし、ユメを知った走友が作ってくれた「ゴール」のテープで、ヤラセの記念写真を撮って貰ったのが、何よりの慰めでした(写真⑦)。それは、18年前(1999年)にベネチアマラソンを走った帰路のことでした。
 今回、バチカンの花道を走り、ユメの1万分の1が実現し、感無量でした。
http://www.maratonadiroma.it/?!a/=/rules/
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