ベトナム枯葉剤被害(2)

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核兵器廃絶・ベトナム枯葉剤被害者支援(2)
ハノイ大 署名200筆

 被爆者交流会開幕で“よさこいソーランン”を躍るハノイ大学の学生達=2019/11/19
ホーチミン廟に花輪を献花する
=2019/11/19、ハノイ市
ハノイ大学ディン・バン・フォン教授(左)に漫画“はだしのゲン”を贈る被爆者の西本多美子さん
=2019/11/19、ハノイ市・ハノイ大学
被爆者国際署名にサインするハノイ大学の学生代表=2019/11/19、ハノイ市・ハノイ大学
折り鶴の折り方を教える被爆者の上田紘治さん(右)=2019/11/19、ハノイ市・ハノイ大学
 19日、ホーチミン廟とハノイ大学訪問です。
 8時30分、ハノイ市のホーチミン廟と歴史証跡を訪問しました。
 ホーチミンは、ベトナムの国民から「ホー叔父さん」と愛称される英雄で、ベトナムを外国の支配や侵略戦争から国土と国民を解放しました。
 私たち訪問団は、廟前に花輪を献花し、廟に安置された永久保存の遺体に合掌しました。
 歴史証跡は、廟の後方に解放前後の当時のままで保存・展示されていました。
 ホーチミンが質素な生活を貫いた姿に感銘しました。米軍の戦闘機を撃破した、車輪のゴムで作ったホーチミン・サンダルは有名です。それを、ホーチミンは履いていました。
 廟の訪問は、レーニン廟(1963年)以来です。自己の人生とかんがみ、健康で長生きを誓いました。
 午後2時、ハノイ大学で被爆者国際署名推進の交流集会が開かれました。
 原爆パネル展示などの準備で、その1時間ほど前に着き設営しました。その合間に、学食で昼食をとる機会がありました。美味しく、短時間で済み便利でした。
 開会の挨拶は、日本語科の2年生男子がしました。流ちょうな日本語で驚きました。
 準備と進行は、学生が中心のようで、はじめに踊りと歌があり、和やかな雰囲気になりました。
 その後、ハノイ大学を代表して学生部のディン・バン・フォン教授、ベトナム平和委員会の書記長、日本原水協高草木博代表の挨拶があり、枯葉剤被害者のトン・ティ・ホアンさん(女性)、原爆被爆者西本多美子さんが実相証言をしました。
 ベトナム代表の挨拶では、学生中心の交流のことからでしょう、国連で核兵器禁止条約を採択した経過や意義を強調されたのが印象的でした。
 訪問団からは、原爆パネル、英訳の漫画「はだしのゲン」原爆被災の実相を伝える書籍集、神奈川県原爆被災者の会発刊の「忘れられないあの日」(英語版)などを大学に贈りました。
 そして、壇上に被爆者国際署名用のテーブルが置かれ、大学や平和委員会の幹部が並んで署名しました。
 続いて、学生代表が若者のシンボルカラーのブルー(青年団=社会活動組織団)の服を着て登壇し、一斉に署名しました。
 そのパフォーマンスに、学生の志をたいへん嬉しくなりました。
 学生の参加者200人も自席で署名しました。
 最後に、折り紙が全員に配られ、折り鶴折りの指導を、被爆者の上田紘治さんが壇上で大判サイズの紙で説明しました。直ぐ折れた学生もおりましたが、上田さんは個別指導にもまわり「真剣な学生に感銘した」と話していました。
 学生の折った折り鶴は、平和の鳥としてベトナム全土に羽ばたくことでしょう。
 ホアンさんも折り鶴を折られ、上田さんから贈られた大判の折り鶴に、自分で折った鶴をおんぶさせました。私が「ママとチャイルドだね」と話しかけると、ニッコリされました。
 交流会は、よく練られた進行でした。着くまでは、大まかな情報でしたが、終わってみれば、感動・感激の交流会でした。
 国際被爆者署名用紙は、ベトナム平和委員会がベトナム語で独自に作り、署名者蘭が16人枠あります。来年の原水爆禁止ニューヨーク大会と広島・長崎大会へ、ベトナムからも参加する意向が伝えられています。私は、原水爆禁止平和行進のルートマップを示し、ハノイ大の学生が「国際青年リレー行進」に参加されるよう、担当の先生に話しました。

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