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遠くて・近い 千島列島 (4)
日ロ国境線 洋上視察

日ロ間の最も近い国境線(中間ライン)
根室半島東端の納沙布灯台
=2023/4/24、遊覧船から撮影
貝殻島灯台(左)、右は水晶島のロシア監視塔=2023/4/24、遊覧船から撮影
大漁の氷下魚の水揚げ
=2023/3/24、歯舞港・水揚げ埠頭
千島列島国境線の経過(歯舞群島、色丹島は北海道の一部)
 4月24日(月)
 今日は好天で、遊覧船(第十五はぼまい丸9.7トン16人乗り)が出港です。4日ぶりだそうです。滞在中に間に合い、ホッとしました。
 9時20分、歯舞港を出ました。
 遊覧船の運営は歯舞漁協です。船は、本来漁労の指導船ですが、漁獲の少ない11月から翌年4月の間を遊覧船にしています。
 港を出ると、風当たりよく小刻みに揺れ、立っているのがやっとでした。寒さは、後で腕時計の記録を見ると気温3.9℃、体感1.1℃でした。寒く感じなかったのは、緊張感からでしょう。船は、納沙布岬の先や、国境線近くで停止し、ガイドさんがシャッターを押されるサービスがありました。普通、乗客の目的は、オオワシやオジロワシなど希少野鳥を観察するバードウオッチだそうです。
 中間ライン近くでは、貝殻島灯台や水晶島を間近に見られ、興奮しました。灯台は潮が満ちており、島部が見えません。島は沈下しており、干潮でも極一部しか見えないそうです。灯台は、1937年(昭12年)に日本が建造し、戦後のマッカーサーラインなどを経て、ソ連の管理下になり、2014年から灯が消えたそうです。
 港に戻ると、氷下魚(こまい)の水揚げがありました。大漁だそうで、魚の大きさを分別する作業が大わらわでした。氷下魚を干物にして、焼いて食べるのが美味しいです。貝殻島周辺で獲れる昆布は美味しく、棹前(さおまえ)昆布が最も美味しいと、一昨日の食堂で聞きました。棹前昆布とは、完全に成長する前の根から1メートルの部分で、柔らかく旨みが凝縮しているそうです。
 話しかわって、今年の貝殻島の昆布漁は、一昨日(22日)の深夜に日ロ間の民間(北海道水産会)交渉で決まりました。昨年は、ロシアのウクライナ侵略戦争で遅れ(6月22日)ましたが、従来通りに決まり良かったです。
 その一方で、同じ日にロシアの最高検察庁は、千島列島の元島民らでつくる千島歯舞諸島居住者連盟を、「ロシアの領土の保全を侵害し、ロシアの憲法秩序と安全を脅かしている」とし、ロシア内での活動を禁止にしました。ウクライナ戦争で中断している墓参も、再開が更に困難になると思われます。
 終わりに、日ロ領土問題の解決は、国際的に通用する筋を通した視点と、相互の友好関係を市民サイドで広げることが力になると考えました。その力が双方の歩み寄りの知恵が生まれ、解決に繋がると思います。
 国際的に通用する視点とは、ボツダム宣言の8で「日本国の主権は本州、北海道、九州、及び四国並びに我々の決定する諸小島に限定される」とされ、千島列島、歯舞群島、色丹島が含まれました。その間違いを主張し、サンフランシスコ条約で日本が放棄した千島列島条項(第二条C項)を、破棄をすることです。それは、カイロ宣言の領土不拡大を厳格に履行させる視点です。
 千島列島は、1875年の樺太千島交換条約で平和的に締結した日本の領土です。
 サ条約調印当時の日本政府の千島列島の解釈は、国後島、択捉島を含むことでした(写真下段)。その後4年余りして、国後・択捉は千島列島に含まないと解釈し、1855年の日露通好条約で(過度的な)国境線とした択捉水道南の国後・択捉(南千島)と、歯舞・色丹を含めた4島を「固有の領土」と主張しました。すなわち、サ条約で放棄した国後・択捉は「千島列島に含まない」と言う解釈です。それは、領土主権の正当性を主張しない、主体性の欠如と言わざるを得ません。解釈変更の背景には、例えば返還された島に「軍事基地を置かない」と日本政府が表明出来ないなど、日米安保の軍事的圧力が強いからと思います。そのような外交の積み重ねは、ロシアが主張する「国際法上解決済」を助長し、正当性のない「4島返還」は「2島返還」に後退する行き詰まりになりました。

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