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韓国ピース・ツアー(2)
③ 老斤里(ノグンリ)事件
 
ノグンリ事件現場案内図
=2017/3/24、忠溝北道永同郡老斤里
 
 
ノグンリ事件の現場。トンネルへ逃れた避難民を米軍が機関銃で撃った。壁面の白い丸印が弾痕跡
=2017/3/24、忠溝北道永同郡老斤里
 
 
母乳を与える母子像=2017/3/25  
 ● 3月24日午前 老斤里(ノグンリ)平和公園(忠溝北道永同郡)を訪問しました。
  ノグンリ事件とは、朝鮮戦争が起こった初期の1950年7月25~29日の5日間で、永同群の京釜線鉄道に沿うノグンリで、米軍が避難民を線路に誘導し、機上射撃などで朝鮮国民を虐殺(約300名)した事件です。
 ツアーの一行は、園内の教育会館ホールで、ノグンリ国際平和財団のチャン・クード代表から、公に至るまでの苦難の歴史を詳しく聞きました。
 事件発生から、50年間も秘匿され、1999年にAP通信が大々的に報道したことで、世界へ公になったそうです。
 その尽力をされたのが、幼い子どもを2人(5歳と2歳)殺されたクード氏のお父さんでした。その2人は、クード氏の姉と兄です。
 5日間の虐殺の経緯は、写真1段目の事件現場案内図の通りです。
 特に残虐なのは、線路伝いを逃げ惑う人々を戦闘機から機銃掃射しました。そのうえ、線路下のトンネル(写真2段目)に逃れ隠れた人々を、3日間にわたり、トンネルの両側から機関銃で射撃し、虐殺したことです。
 証拠として保存されてあるトンネルの両壁面には、無数の弾痕の跡が、白いペンキで丸印や三角印(弾丸が残っている)で示してありました。
 虐殺の理由は、避難民の中に北朝鮮の兵士がいるとの軍上部の意図的な、「戦闘地域を移動するすべての民間人を敵とみなし発砲せよ」、という命令(7月26日)でした。
 短いトンネルなのに、「なぜ3日も要したのか」と、クード氏に質問しましたら、米軍の兵士たちは「避難民への事前の身体検査で、武器を持っている人や兵士のいないことを知っており、『的を外した』との証言があった」そうです。
 それで、時間がかかったのかも知れません。私は、壁面の弾痕跡の多さは、「的を外した」兵士の「良心」と見てとりました。
 戦争は、不合理な、とんでもない命令するのが常です。
 トンネルの上の線路は、現在も使われており、見学中に貨物列車が、何事も無かったように通って行きました。
 公園は、133㌶(4万坪)の広大さです。
 園内には、虐殺現場のトンネル(国の重要建造物指定)をはじめ、教育会館、宿泊施設などがあり、悲惨な歴史を学び、平和への啓蒙を世界に発進する総合的な設計になっていました。
 その一角には、母乳を与える母子像がありました。 それを見るなり、涙を抑えることが出来ませんでした。先ほどホールで観た、ノグンリ事件の映画「小さな池」の場面で、生まれて間のない泣き止まない我が子を、川の中へ入れて死なせる母子の映像と重なったからです。
 戦時中の日本でも、サイパンや沖縄戦で、避難場所を気づかれずないように、泣く子を黙らせる、同じような悲劇がありました。
 クード氏は、最後の挨拶で「公園を更に充実させ、戦争のない平和な世界へ、発信のセンターにしたい」と話されらました。平和への意志を、強く感じました。
 なお、この事件については、米国のクリントン大統領が遺憾を表明(2001年1月)しています。

 
 
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