竹田昭彦・日誌(#31)・7月27日(水)  

 
必ず死ぬ 人間魚雷の回天

 
周南市大津島 回天基地跡見学


 
防府市役所から出発=2016/7/27  
 
回天を搬送したトンネル入り口
=2016/7/27、周南市・大津島
 
 
回天を海面に下ろすグレーン塔跡
=2016/7/27、周南市・大津島
 
 今日は、防府市の市役所訪問と行進です。
 午後は、周南市の大津島にある旧海軍の人間魚雷「回天」基地跡の見学です。
 天気は、晴れでした。
 9時30分、防府市役所で出発集会が開かれ、市長メッセージを熊野博之総務部次長から披露されました。
 激励の挨拶をされた被爆者の木原千成さん(85歳)は、14歳のとき旧逓信省の広島市の施設(講習所)で被爆しました。警察の調べで、8月20日までの被爆死者は、3万2千995人との記録がると言われました。集会後に伺うと、身内に戦死者がおられ、核廃絶への強い思いを話されました。
 行進を見送られ、大きく手を振って激励頂きました。
 行進は、防府天満宮の参道商店街を通りましたが、かって賑やかであった面影はみられず、地方都市の現実が、どこも同じだと感じました。
 あと、10年、20年したら、日本の地方都市はどうなるのでしょうか。
 参照 http://www.takeda-a.net/06-7-28
 午後1時10分、徳山港発の船で大津島へ渡り、人間魚雷「回天」の訓練基地跡を見学しました。
 この見学・学習会は、数年前の平和行進から取り組んでいます。
 私は、2006年の周南市行進で、大津島の回天基地のことを知り、個人的にでも見学したい所でした。
 その年、映画「出口のない海」が製作されました。
 基地は、大津港の島側右手に兵舎や整備工場があり、その背後の山にトンネルを掘り、回天を鉄路の台車に乗せ、大津港と反対側の海面(周防灘)にグレーン塔から下ろました(写真下)。
 回天は、91式魚雷などを改造してつくられ、人間が操舵し、艦艇を攻撃する特攻兵器の人間魚雷です。ハッチを閉めて発進すれば、中から大変開けにくく、脱出装置は無く、生きて帰れない仕組みです。
 回天作戦による戦没者は、整備員を含む1,299人です(人間魚雷回天=発行所(株)ザメディアジョンより)。
 さきの大戦は「窮地に立つ祖国を守るため、尊い命を捧げた」と、為政者や取り巻きは言うが、他国を攻めた侵略戦争であり、他国民への膨大な加害と、日本国民に大きな犠牲を強いたもので、「祖国を守る」名による犯罪です。 
 参照 http://www.takeda-a.net/06-7-15
 今日の行進は、2区間を参加者50人前後で4.2㎞歩きました。

 
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