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竹田昭彦・日誌(#55)・6月27日(土) | ||||||||||||||||||||||||
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天気は、曇りで、信濃町、飯綱町の標高600~700m地域では、霧が出て視界が500m位でした。気温は15度くらいで、Tシャッツと短パンだったので、寒かったです。 宣伝カーは、長野市内を駐車場としており、出発場所への移動に時間がかかります。行進は、午後からです。 昼前、時間があったので、信濃町の俳人小林一茶の生家を見学しました。生家で暮らした茅葺きの土蔵が残っていました。 ある友人から、俳句の会に誘われたが、実行していません。俳句を勉強すれば、日誌の見出しが、上手くなるだろうと思っています。 午後12時30分、信濃町役場で出発集会が開かれました。休庁日にもかかわらず、町長と町職労組委員長から激励の挨拶を頂きました。町長は、ペナントを胸につり下げ、ユーモアのある方でした。 出発前に、童謡「村のかじ屋」など3曲を合唱しました。信濃町は「村のかじ屋」の発祥地と言われます。 参照 www.takeda-a.net/10-7-03 午後4時40分、行進が飯綱町役場へ到着し、信濃町から飯綱町に引き継ぎました。 国際青年リレー・タスキが、北海道から出発し、各地の青年に引き継がれています。 私は、タスキを掛けたて歩いた人から、タスキの裏地に署名をお願いしています。私の受け持った北海道小樽市から、昨日の新潟県妙高市まで、署名がいっぱいになりました。北海道6人、青森5人、秋田5人、山形11人、新潟15人、延べ42人です。年齢は、5歳から年金者組合の「青年部」員まで、幅が広いです。戦争や被爆の実相を風化させず、世代を引き継ぎ、核兵器を無くすことが悲願です。 長野県の行進には、県内通し行進者の栗岩恵一さん(新日本スポーツ連盟全国スキー競技会 会長)おります。そして、長野県自治労連(長野県自治体労働組合連合)が、リレー方式で県内を若い人を主に通し行進します。昨年は、1人の組合員が県内を通し行進したのを受け、今年はリレーでつなぎます。行進初日の今日は、特製のタスキを掛けた女性が、元気なパフォーマンスでした。 行進は、4区間を参加者30~25人で12.2㎞です。 |
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