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長野県・松本市
歴史散策ツアー
 
稲穂の天日干し。左の松の木根元に祠がある
=2017/10/01、安曇野市
 
 
「松本歴史の里」入口に立つ「市民が守った文化財」の看板=2017/10/01  
明治憲法下の裁判風景(模擬裁判中)。上段の左から3人目が裁判官、左端が検事、下段で立っているが被告人、その右が弁護人、手前が傍聴人=2017/10/01、旧長野地方裁判所松本支部
旧開智学校の教室=2017/10/02
 10月2~3日、長野県の松本市へ、歴史散策ツアーに行き「松本歴史の里」や「旧開智学校」などを見学しました。
 初日は、行楽日和でした。農家は稲刈りの真っ最中で、はせに掛けた稲穂風景は、私が育った故郷の山形の稲刈りを想い出しました。
 当時は小学生で、刈った稲を、はせ場まで背負って運ぶ重労働と、懐かしさが込み上げてきました。
 上段写真の松の木の根元に、小さな祠がありました。我が田畑にも似た風景があり、ここの祠も早春からの労働を励まし、秋の実りを喜んでいるようでした。
 ツアー参加の動機は、一昨年の長野県の平和行進で、県下に31か所の村の存在を知り、関心をもったからです。
 31村は、全国で1番多いです。2番目は沖縄県で19村、3番目は北海道で15村です。
 そして、長野県は平成の大合併に飲み込まれず、村の自立を守り、平和行進を切れ目なく歩く心意気に繋がっていると考え、それを確かめよいと思いました。 参照 takeda-a.net/15-7-06
 
 「松本歴史の里」見学では、入場口に立てた看板の「市民が守った文化財」が目立ちました。特別展が開かれていたのです。
 市民が守ったのは、施設の目玉の建造物の県宝「旧長野地方裁判所松本支部庁舎」です。
 1975年(昭和50年)に、同裁判所の庁舎新築にともない取り壊しが決まりました。
 それを惜しむ市民の運動により、壊されず移築復元されました。その費用の40%は、市民の寄付でまかないました。
 見学中に、裁判所の法廷で模擬裁判をしました。明治憲法下では、上段の裁判長と同列に、検事の席(写真上から3枚目の左端)がありました。弁護人は下段(右端)で、低く扱われていました。
 裁判は、事実上検事が仕切っていたのです。
 その他、野麦峠を越える工女の宿「宝来屋」、社会運動家の木下尚江の生家などがあります。
 木下氏は、普通選挙運動、日露戦争批判、朝鮮併合反対、侵略戦争反対などを主張した郷土の偉人です。
 「松本歴史の里」は、権力の支配と、市民のよりよい生活と平和を求める構図が、分かるように工夫してありました。
 2日目に見学した「旧開智学校」は、1873年(明治6年)に開校され、子守教育、傷害者教育、幼稚園児の林間学校などに取り組み、職員会議を活発に行われたそうです。
 子守教育とは、生活のために子守の仕事で学校に通えない子が、教室の外から眺めている子のために、幼児を負んぶしながら勉強させた歴史です。
 山形県を背景に、映画になった「おしん」が、子どもを背負って、窓越しに勉強している子を見ている姿と重なり、涙しました。
 この学校は、松本地域の教育センターの役割を果たし、県下に大きな影響を与えました。
 昔の寺子屋は、長野県が一番多かったと聞きました。そして、公民館の数も日本一だそうです。
 また、百姓一揆の数も、日本一だそうです。
 長野県の教育背景と、反骨精神を知る良い旅でした。
 

 
 
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