竹田昭彦・日誌(#08)・5月14日(火)    
雨天の行進

三浦市長メッセージを政策部長(中央)から披露頂く=2019/05/14、三浦市役所
アピールコンテストで表彰されたダンロボ和平君=2019/05/14、三浦市
原発用核燃料の製造会社(GNF)工場前を「原発いらない」をアピールして行進
=2019/05/14、横須賀市川内
 今日は、三浦市、横須賀市の行進です。
 天気は、雨天で時どき大雨になりました。
 5月6日に、東京の夢の島から出発して、初めての雨降りです。
 9時、三浦市役所で出発式が開かれ、市長メッセージを政策部長から披露されました。
 三浦市の三崎港は、遠洋マグロ漁業の水揚げ港です。1954年3月1日、米国が行った南太平洋のマーシャル諸島の水爆実験で、約千隻の漁船等が放射能被害を受けました。当然、マグロ等が放射能被害を受け、日本の魚屋から魚が消える大問題になりました。
 三浦市は、漁民を先頭に町ぐるみで原水爆禁止運動を、全国に先駆けて行いました。
 その歴史を振り返り、市長から大きな激励をもらいました。
 雨降りの行進は、時どき雷が鳴り大雨になりました。車道の路肩は、川のように流れました。
 「核兵器廃絶」と大書した被爆者の横断幕を、私と一緒に持った県内通し行進者の金子満智子さんは、路肩側だったので、水の流れを避けながら歩いていました。
 11時45分、京急線の三崎口駅前で、午前の行進が終わりました。三浦市コースのアピールコンテストでは、新婦人三浦支部作成の「三浦ダンロボ和平君」が表彰されました。大雨で足の一部が落ちるハプニングもありましたが、大奮闘のアピールでした。
 その後、京急線三崎口駅から電車移動です。
 その後の横須賀市のコースは、①と②の二つに分かれます。そして、横須賀市役所で合流します。
 私は、②のコースを希望しました。原発の核燃料を製造する、工場前を通るからです。
 ②のコースは、大分前からあったのですが、私は知らなかったのです
 午後1時、京急線久里浜駅近くの八幡公園で②コースの出発集会が開かれ、行進へ移りました。
 核燃料工場は、相当に広く、大きな建物が並んでいました。3メートルくらいあるフェンスには、「周辺監視区域」「許可なく立ち入った場合、治安機関に通報します」の警告版が所どころにありました。
 正門前でUターンしながらピースコールをしました。正門の脇で、毎週行っているスタンディングの人たちとエールのこうかんをしました。
 工場は、三菱、日立、東芝など原発製造会社が出資した(株)グローバル・ニュークリア・ジャパン(GNF)で、1970年に竣工しました。主に、東日本の原発に供給しており、核燃料のペレットを詰めた核燃料集合体を、8万本以上納入したそうです。この工場は、時どき事故を起こし、放射能で汚染した排水を川へ垂れながしたり、作業員が被爆したり、放射能廃棄物を入れたドラム缶が腐食して液体が漏れたりしています。地本の人たちは、原発ゼロ、核燃料の製造中止を求めていました。
 午後2時40分、行進はJR久里浜駅へ着き終わりました。私は都合により、横須賀市役所からの行進に参加しませんでした。
 今日の行進距離は、2区間を60~40人で9.4㎞歩きました。
 国際青年リレー行進募金は、10,888円頂きました。昨日は、35,000余円でした。

 
  copyright(c) takeda akihiko all rights reserved.