反核平和マラソン(13)

被爆50周年記念・反核平和マラソン

東京~長崎1500㌔ (#13)8月09日(水)

長崎・世界大会(5㎞)

長崎市職員の原爆犠牲者慰霊祭
=1995/8/09、長崎市役所
原水爆禁止世界大会々場へ到着して挨拶する米長さんと竹田=1995/8/09、長崎市民会館
原水爆禁止世界大会々場で紹介されるランナーたち=1995/8/09、長崎市民会館
  スポーツは平和とともに

 朝6時、泊まった公民館前の豆腐屋さんで、できたての豆腐を買い朝食にしました。
 これは、例年の定番だそうです。店主と、顔なじみになっていました。
 朝食を簡単に済ませ、昨日到着した長崎平和公園へバスで行き、そこから長崎市役所へ走りました。
 8時過ぎ、市役所の敷地に建立された「長崎市職員原爆犠牲者慰霊碑」前の慰霊祭に参加しました。
 碑は、原爆で亡くなった職員37人を祀っています。ランナーたちが持参した千羽鶴を慰霊碑に捧げ、ご冥福を祈りました。慰霊祭には、全国の自治体からの参加者も多いと聞きました。
 その後、市役所から原水爆禁止世界大会の開かれている長崎市民会館へと走りました。
 会館前では、最後の集会を開きました。
 世界大会が、ちょうど休息時間だったこともあり、海外からの参加者も、私たちの集会に大きな感心を示していました。
 午後、世界大会総会で「反核平和マラソン」が紹介され、全員が壇上にならびました。
 反核平和マラソン実行委員長の和喰さん(新体連事務局長)が、ランナー代表で発言しました。
「被爆50年反核平和マラソンは7月28日に東京をスタートしてから12日間、1都2府11県を駆けぬけて、1500㎞1200人超えるランナーと500人の支援によって長崎に着きました。職場、地域の多くのスポーツ愛好者が、自らのスポーツ要求の実現と反核平和に願いをひとつに結び、文字通りスポーツマンの草の根からの平和運動として共感を広げました。『スポーツは平和と共に』の目標を高く掲げ、スポーツマンの平和の運動を発展させるため、さらに奮闘する」と表明しました。
 会場からは、鳴り止まぬ拍手を頂き、手を振って応え、走ってきた感動に興奮しました。
 振り返って、私が1日当たり走った距離の平均は、目標の42㎞に届かず、30数㎞で終わりました。
 各地のみなさんには、たいへんお世話になり無事達成しました。ありがとうございます。
copyright(c) takeda akihiko all rights reserved