竹田昭彦・日誌(#33)・7月05日(木)    
和水町・玉名市
“マラソンの父”誕生地

池田永実山鹿市副町長から市長名のペナントを託される=208/07/05、山鹿市役所
“マラソンの父” 金栗四三氏誕生の地。左が和水町、右が玉野市の幟旗=2018/07/05
玉名市役所で職員から冷水の接待を受ける
=2018/07/05
 今日は、山鹿市、和水町、玉名市の役所訪問と行進です。
 天気は、昨日の晴天と打って変わり、雨降りとなりました。
 9時30分、山鹿市役所を訪問し、池田永実副市長、野田修誠市議会事務局長にお会いしました。
 そして、市長名と議長名のペナントを託されました。
 9時50分、山鹿市役所前で出発式が開かれ、行進へ移りました。
 山鹿市には、八千代座という芝居小屋(国指定重要文化財)があり、旺盛時の町並みも残っていました。
 市街地を出ると、田園地や山間地を延々と歩きました。田園地にあるパチンコ店の註車場は、半分近く埋まっており、午前からの客が入っているようでした。
 日本は、ギャンブル依存症最多の国だそうです。
 午後1時、和水町役場を訪問し高巣泰廣町長にお会いし、ペナントを託されました。
 役場には、金栗四三(かなくりしそう)氏生誕の看板や、のぼり旗がありました。
 来年のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公に、金栗氏が取り上げられたからです。
 町をあげてアピールしていました。
 金栗氏は、オリンピックのマラソン(1912年、ストックホルムオリンピック)で、日本で最初の出場者です。
 「マラソンの父」と称されています。
 また、箱根大学駅伝の創設者でもあります。
 箱根駅伝は、私が住む横浜市戸塚を2区と9区が通ります。
 参照 takeda-a.net/marathon-17-hakone
 午後1時30分、和水町役場から午後の行進が出発し、菊池川堤防沿いの田園を延々と歩きました。雨宿りする構造物や、コンビニがありません。
 まばらに通る対向車へ、精一杯手を振りましたが、雨天の性か、反応が鈍かったです。
 午後3時55分、玉名市役所へ着くと、地元の人たち約10人と、市の職員による冷茶の接待を受けました。
 たいへん嬉しく思いました。
 そして、山鹿地区から荒尾・玉名地区へリレー横断幕を引き継ぎました。
 その後、市役所を訪問し、村上隆之副市長、堀内正信市議会事務局長にお会いしました。
 市長と副市長から、国際被爆者署名を頂きました。
 そして、市長名と議長名のペナントを託されました。
 玉名市は、金栗氏が池部家に養子に入り(22歳)住んだ地で、名誉市民です。
 市役所のロビーには、大河ドラマ開始のカウントダウン日数表示看板や、資料コーナーあります。
 生誕地の和水町と共に、「マラソンの父」の誕生地として、大河ドラマで盛り上げようとしていました。
 今日の行進距離は、4区間を25人前後で11.5㎞歩きました。

 
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