竹田昭彦・日誌(#35)・8月07日(月)    
世界大会 開幕

     
2017年原水爆禁止世界大会の開会総会壇上に通し行進者が勢揃い。右から五十嵐成臣、西田重好、山口逸郎、嶋田紀子、山田太枝、小林和江、イ・ジェファン、竹田昭彦、遠田悦子の各氏
=2017/8/07、長崎市・市民会館
     
長崎の鐘を鳴らす。手前の右からジェファンさん、竹田、小林さん=2017/8/07、長崎市・平和公園
お国柄をデザインしたゼッケン
=2017/8/07、長崎市・世界大会
長崎市役所玄関に「核兵器禁止条約」採択を知らせる看板=2017/8/07
 今日は、原水爆禁止2017年世界大会の長崎総会開会日です。
 天気は、晴れで、一昨日の酷暑に戻りました。通し行進者一同、「今日は行進がなくて良かったね」と言いました。
 昨年の長崎県の行進は、全8日中、5日が雨降りでした。それも、2日間は大雨警報が出るほどでした。
 そして、その後の県でも、豪雨にあいました。
 今回は、短時間の通り雨が数回あっただけです。それも、佐賀県と長崎県は雨天がありませんでした。
 雨の日も、風の日も、暑い日も、1958年から60回になる平和行進は、凄い歴史だと体にしみました。
 その努力が、禁止条約採択になったと思います。
 午前は、通し行進者6人(嶋田、ジェファン、小林、山田、遠田、竹田)が、長崎市立図書館で展示の原爆投下翌日の写真展や、平和公園、原爆資料館などを見学しました。
 平和公園では、長崎の鐘を鳴らすイベントの時間帯に丁度あい、みんなで綱を引いて鳴らしました。
 主催は、長崎県被爆者手帳友の会で、祈念に鐘のストラップをいただきました。
 午後3時30分、世界大会長崎総会の開会です。
 中溝泉国連軍縮問題担当上級代表の登壇には、大きな拍手がわきました。条約採択に至る歴史と意義、今後の方向付けを詳しく話しました。
 この場に中溝さんが立たれることに、日本政府の干渉があったのではと、思っていましたら、日本政府とは関わりのない、公募の国連職員だと知りました。
 田上富久長崎市長の挨拶では、「10年前には条約採択は闇の中の夢でした。ここ数年前から急進展して我々に勇気を与えてくれた」と喜びを話しました。そして、平和首長会議が長崎市で開催されることに言及されました。行進中には、平和首長会議の方針待ちの首長さんもおられたので、積極的な方針決定を願いました。
 長崎市役所の玄関の上部には、『被爆者と被爆地の平和を願う切なる訴えが世界を動かし国連で「核兵器禁止条約」が採択されました』の看板を掲げてあります。
 総会の最後に、全国の幹線コースのリレー横断幕を手に、通し行進者が登壇すると、一段と大きな拍手と歓声がわきました。各地で一緒に歩いた人たちの顔が浮かびました。
 各地の参加者が付けている「核兵器廃絶」などの文字を書いたゼッケンに、変化がありました。これまでは、文字中心でしたが、青森は特産のりんごを取り入れ、福島は郷土玩具の赤べこを取り入れていました。アピール度が抜群とアップしました。
 通し行進者登壇前の各地の活動報告では、そのゼッケンを付けた青森、福島など東北6県が次々と登壇し、6県の全てに県段階の署名推進運動組織が発足したと報告され、東北の勢いを感じました。
 私は、「シュプレヒ・コール」から「ピース・コール」への変化と同じく、情勢の進展を感じ、嬉しくなりました。今、「何をなすべきか」と考えたときに、素晴らしいアイデアが生まれると思いました。
 世界の署名推進運動でも、各国が共有できるシンボルカラーとか、シンボルマークの発信を期待しています。公募も、良いと思います。
 英国の平和運動団体CDN(核軍縮運動)のマークにように、世界共有化の事例があるからです。
 参照 takeda-a.net/08-3-27

 
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