竹田昭彦・日誌(#18)・7月21日(金)    
炎天下 23㌔歩く

宗像市役所で挨拶するイ・ジェファン(左)と通訳の職員=2017/7/21
原﨑智仁福津市長(左端)と永島直行副議長(右端)が行進=2017/7/21、福津市役所
古賀市役所へ着き歓迎幕で迎えらる
=2017/7/21
 今日は、岡垣町、宗像市、福津市、古賀市の行進と役所訪問です。
 天気は、晴れで35度を超え、これまでの行進で1番暑く感じました。
 8時55分、岡垣町の東部公民館で出発式が開かれ、宮内實生町長から激励を頂きました。
 町長は、8月8日から1長崎市で開催の平和首長会議のに出席すると話され、国連の核兵器禁止条約に言及されました。そして、これからが真の核兵器廃絶の第1歩になるといわれました。
 私の挨拶では、首長会議でのご活躍をお願いしました。
 10時55分、宗像市へ入ったJR鹿児島本線「教育大駅」近くの「西鉄赤間営業所」前で、岡垣地域から宗像地域へ引き継ぎました。
 到着時間が、予定より25分遅れ、短時間の引き継ぎでした。行進中は、「遅れる、遅れる」といわれましたが、その年の参加者の年齢構成や天気などにより、遅い人のペースに合わせるので、仕方のないことです。
 12時20分、宗像市役所へ着きました。遅れから、昼食の時間がないほどで、急いで食べました。
 どのような流れでも、順応するのが通し行進者の役目だと思いました。
 12時50分 宗像市役所で歓迎集会が開かれ、市長メッセージを総務部長から披露されました。
 イ・ジェファンさんの挨拶では、通訳を市役所の「教育子ども部グローバル育成係」のハングル語を話す、主事がされました。広島からの行進で、職員の通訳は初めてです。 
 午後1時10分、宗像市役所から午後の行進がスタートしました。
 15時30分、福津市役所へ着き、で歓迎集会が開かれ、原﨑智仁福津市長と、永島直行副議長から激励を頂きました。
 市長は、国連の核兵器禁止条約採択について、「唯一の被爆国の政府と、唯一の原爆投下国の米国政府は、原爆の破壊力を一番知っているのに反対した」と話され、残念を強調されました。
 行進へ移ると、市長は先頭のリレー横断幕を手に、構内を行進されました。たいへん心強く思いました。
 17時25分、古賀市役所へ着くと「2017年 歓迎 平和行進」の横幕と拍手に迎えられました。
 冷水の接待で一息入れ後、歓迎集会が開かれ、市長メッセージを企画課長から披露されました。
 今日の歩いた距離は、7区間を20~30~20人で23.0㎞です。
 1日で23㎞歩いたのは、広島を出発してからの最長距離です。
 夕食は、日中に水を多量に飲んだことと、大量の発汗で疲れはて、食欲が進みませんでした。
 右足の小指にできた魚の目が、痛みを増したので、食後にサンダルを買いました。明日から、サンダル履きにしようと思います。加齢と共に、初めての体験です。
 今日、携帯電話のメールを開くと、山口県平和行進実行委委員会の下司寛事務局長(山口県原水協事務局長)が、急逝した知らせがありました。山口の行進中にはお元気で、信じられない気持ちです。昨年、今年と、山口県内の行進では大変お世話になった方です。心からご冥福をお祈りいたします。

 
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