竹田昭彦・日誌(#12)・7月15日(土)    
折り鶴を 託される

折り鶴を受け取るイ・ジェファンさん
=2017/7/15、山陽小野田市役所
宇部市役所訪問、奥が総務管理部長(左)と議会事務次長=2017/7/15
関門海峡のトンネルを通って山口県から福岡県へ渡る=2017/7/15
 今日は、山陽小野田市、宇部市の市役所訪問と行進です。
 天気は、晴れでした。
 9時30分、山陽小野田市役所で出発集会が開かれ、総務部長から市長メッセージが披露され、激励を頂きました。
 恒例の折り鶴が、地元の医療生活協同組合など4団体から託され、イ・ジェファンさんが受け取りました。
 折り鶴を持って、行進が出発しました。
 住宅街の行進中、ピース・コールをしていたら、1階のベランダで行進を見ていた中年の婦人が、宣伝カーから流れるピース・コールで、行進者の「ピース、ピース」の唱和に合わせ、手でVサインを掲げ「ピース、ピース」といいました。
 穏やかなピース・コールは、自然と市民に受け入れられ、良いパフォーマンスだと思いました。
 山陽小野田市の行進は、東の宇部市の方向へ進み、小野田商工センターで終了しました。昨年の広島へ向かうコースと同じで、広島に戻る感じでした。
 行進終了後は、宣伝カーで宇部市へ移動しました。
 午後1時、宇部市役所を訪問しました。
 庁舎内で、床本隆夫総務管理部長、西丸太佳夫議会事務局次長とお会いし、挨拶しました。土曜の休庁日にもかかわらず、有り難いことです。
 その後、出発集会が開かれ、市長メッセージを部長から披露されました。つづいて、折り鶴を新日本婦人の会から託されました。
 昨年の出発集会で聞いた、米軍の模擬原子爆弾投下(3発)地点に戦争遺跡の説明板設置の件は、未定とのことでした。
 鉱工業都市の宇部市は、大きな空襲を受けるとともに、原爆投下訓練の場にもなったのです。
 参照 takeda-a.net/16-7-23
 行進へ移ると、2004年のときに下関市から広島へ行進した中村圭さん(当時高校生)とお会いしました。
 彼から、話しかけられたとき、直ぐに思い出せませんでした。話しながら記憶をたどると、徐々によみがえりました。13年ぶりの再会です。
 その間、彼は毎年参加したそうですが、私は2006年、2009年、2016年と宇部を行進しましたが、気づきませんでした。今回、私が後方を歩いて、彼と並んだときに話しかけられ、経緯を知りました。
 地道な青年に、胸が熱くなりました。
 宇部市の行進は、西の山陽小野田市の方向へ進みました。山口県の瀬戸内側も、行ったり来たり縦横です。宇部市の終了後は、宣伝カーで下関市へ移動しました。
 午後4時、関門海峡へ着き、人道トンネルを「行進」して本州の山口県から、九州の福岡県へ渡り、記念撮影をしました。平和行進で、関門海峡のトンネルを通るのは初めてです。
 今日の歩いた距離は、2区間を20~40人で7.3㎞です。
 なお、山陽小野田市の出発集会では、参加者は6団体24人の報告がありました。

 
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