竹田昭彦・日誌(#01)・7月04日(火)    
イ・ジェファンさん来日
広島平和資料館見学

広島空港に到着したイ・ジェファンさん(中央)と出迎えの嶋田紀子さん(右端)、竹田(左端)
=2017/7/04
広島平和公園の「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」に黙祷を捧げるイ・ジェファンさん
=2017/7/04
原爆ドーム前にて。左から嶋田紀子さん、イ・ジェファンさん、筆者=2017/7/04
 午前、韓国から来日する国際青年リレー行進参加の
イ・ジェファンさんを、広島空港で出迎えました。
 出迎えたのは、平和行進広島県実行委員会事務局の植永光則さん、広島→長崎コース通し行進者の嶋田紀子さん、竹田の3人です。
 ジェファンさんが到着出口に見ると、直ぐに分かりました。
 仁川空港からの所要時間は、1時間半ほどで、日本国内の移動と変わらない近さです。
 午後は、ジェファンさん、嶋田さん、竹田で広島平和記念資料館を見学しました。
 ジェファンさんは、英語のイヤホンガイドで、展示物や説明パネルを熱心に見聞していました。
 1時間半ほど見学してから、少女の像の近くにある「韓国原爆犠牲者慰霊碑」を見ました。
 「慰霊碑の由来」碑には、「原爆投下により、2万余名の韓国人が一瞬にしてその尊い命を奪われました。広島市民20万犠牲者の1割に及ぶ韓国人死没者は決して默過できる数字ではない」「望郷の念にかられつつ異国の地で爆死した霊を慰めることはもとより、今なお理解されていない韓国人被爆者の現状に対しての関心を喚起し一日も早い良識ある支援が実現されることを念ずる」と刻まれていました。
 慰霊碑は、1970年4月10日に建立されました。それまでは、誰からも供養受けることなくその魂は永くさまよい続けていたそうです。
 ジェファンさんは、黙祷を捧げました。
 その後、原爆ドームの脇に東京のスカイツリーより「高い」展望台(おりづるタワー)ができたと、朝、植永さんより聞いたので登りました。
 ドームの脇に高い展望台ができるはずがないと、思っていたら、既設ビルの最上階を展望台に改造したものでした。「高い」のは、入場料金でした。
 360度見回すと、周囲が山でした。山は、原爆爆心地から5㎞ほどで、爆発・爆風が山にぶつかり跳ね返り、爆発・爆風が増幅され、更に大きな破壊力なったそうです。それを米国は計算して、広島の地形を選んだ
のです。破壊力の実験を兼ねていたと言われます。
 そのことを知っていたので、地形を見るなり、鳥肌がたちました。
 夕食時にジェファンさんは、自国の人が原爆で犠牲になったことを初めて知ったと言いました。
 昨年、行進参加の韓国青年も、同じようなことを言っていたので、韓国の現在の教育では、朝鮮人が原爆の犠牲になったことを教えていないようです。
 明日は、広島→長崎コースの出発です。
 私は、英語もハングル語もダメですが、嶋田さんはハングル語を勉強しており、長崎までの道中、たいへん心強いく思っています。

 
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