竹田昭彦・日誌(#02)・5月08日(月)    
ケイラさんの通訳は 小畑さん

出発集会で主催者挨拶をする大沢直人さん
=2017/5/08、川崎市川崎区・稲毛公園
出発集会で挨拶する国際青年リレー行進者のケイラ・ウォーリーさん(右)と通訳のわかやま市民生協の通し行進者の小畑和也さん
=2017/5/08、川崎市川崎区・稲毛公園
昼食のお握りを接待するテント張り
=2017/5/08、川崎市中原区・平和公園
 今日は、川崎市の川崎区、幸区、中原区の行進です。
 天気は、晴れで、最高気温が30度近くまで上がる暑さでした。
 9時15分、川崎市役所近くの国道15号線沿いの稲荷公園で出発集会が開かれ、川崎市平和行進実行委員会を代表して、大沢直人さんから主催者挨拶がありました。
 大沢さんは、「北朝鮮をめぐる軍事的緊張は、核兵器は平和と安全をもたらさないことを示しています。核兵器によるおどし合いではなく、外交や話し合い・そして核兵器条約の実現が急務です」と、訴えられました。
 続いて、川崎市長メッセージを担当課長から披露されました。
 川崎市は、核兵器廃絶平和都市宣言を1982年(昭和57年)にしています。全国の政令指定都市の中では、最も早い時期だそうです。
 国際青年リレー行進者のケイラ・ウォーリーさん(米国)の挨拶では、通訳を、わかやま市民生協の通し行進者の小畑和也さんが行いました。
 彼は、関西外大で英語を専攻したそうです。ウォーリーさんの日常の通訳も出来ますので、県の実行員会の事務局は、喜んでお願いしていました。
 今日からの行進が、県下の本格的な行進へなると言っても良いと思います。

 10時40分、幸区役所を訪問し、区長メッセージを副区長から披露されました。
 朝のスタートが、交通機関の遅れに伴う15分遅れでした。それを取り戻すため、10時50分に行進へ移りました。

 12時30分過ぎ、中原区の平和公園に到着し、昼食を準備していた地元の人たちから、拍手で迎えられました。
 例年、お握りの接待が慣わしです。300個にぎったそうです。各家庭で分担してにぎり、持ち寄っての接待です。配るテントには、梅干し、こんぶ、おかか、などのメニュー表示もあり、粋なはからいでした。
 2個ずつパックに入れ、たくわん2きれと、ラッキョウ漬け2個が付いていました。
 私は、欲張って3個を食べました。

 午後1時20分、平和公園にある「川崎市平和館」の館長から激励の挨拶を頂き、午後の行進へ移りました。
 この公園は、戦前に軍需工場があった場所で、戦後は米軍の基地になりました。戦時中は、ここで中国の偽札をつくっていたと言われます。
 基地は不要と言う地域住民の声が、全市的な返還運動となりました。基地は撤去され、平和公園となったのです。

 午後2時20分過ぎ、中原区の国際交流センターへ到着し、休憩となりました。
 ここで私は、リタイヤして歯科へ行きました。連休中に上部の小臼歯が折れ、痛みと頭痛が止まらず、歯科へ行かざるを得なかったのです。加齢に伴い、予想外のことが起きるものです。
 今日の行進は、私が参加した部分で、100人前後で11.8㎞です。

 
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