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竹田昭彦・日誌(#23)・7月19日(火) | ||||||||||||||||||||||||||
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小倉の平和記念碑 訪問 |
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天気は、晴天で、露出の手が痛さを感じました。昨日、梅雨明け発表があり、いよいよ真夏の行進です。2、3日すると、暑さに身体がなれると思います。 10時30分、昨日、八幡東区から戸畑区へ引き継いだ、JR枝光駅先の県道50号線区界で出発集会が開かれ、行進へ移りました。 晴天で雲がなく、汗が噴き出す暑さです。 12時、戸畑区役所の会議室で、後藤基明区長から激励の挨拶を頂きました。 戸畑区役所の玄関側の屋根が、ひな壇になっている珍しい庁舎です。「戸畑祇園大山笠競演会」の有料観覧席で、1席が3千円だそうです。 正月などに帰省しない人も、このときは帰ってくるそうです。 参照 http://www.takeda-a.net/09-7-18 午後1時50分、戸畑区役所前で午後の出発集会を開き、行進へ移りました。 1㎞ほど歩いた中本町商店街で、署名行動を20分ほどしました。シャッターを閉めた店も多くあり、人通りもまばらでしたが、商店訪問などで署名100筆を頂きました。 午後3時50分、区界の境川を渡った歩道で、戸畑区から小倉北区へ引き継ぎをしました。 北九州市の行進も、地域原水協単位の行進実行委員会で、きっちり引き継ぎをして進みます。 午後5時5分、勝山公園の北九州市中央図書館南側にある、「原爆犠牲者慰霊平和祈念碑」前へ到着し、終了集会を開き、今日の行進が終わりました。 小倉は、広島原爆投下(8月6日)後の次の投下目標(88月9日)でした。 碑の場所(旧小倉市)には、戦前小倉陸軍造兵廠があり、原爆投下の目標にされたのです。 その当日の上空が視界不良だったため、長崎市に変更されたのです。 戦後、この事実が明らかにされ、北九州市では、被爆者の霊を慰め、平和への切実な願いをこめて、碑を建立しました。長崎市の市花のアジサイ、被爆クスノキが植えられ、中心に「劫火の中で手を取り合う母子像」が据えられ、「長崎の鐘」があります。脇には、「嘉代子桜・親子桜」が植えられ、その桜は市内の小中学校や公園に植樹を進めています。もし、晴れていれば・・・ 長崎市民の気持ちと同じです。 終了集会では、その思いが語られました。 |
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