竹田昭彦・日誌(#85)・8月04日(火)  

平和行進 広島へ終結
世界大会壇上で 国際青年リレー・タスキを披露

 
府中町の慰霊碑前から出発した「東京→広島」コース最終日。「北海道→東京」コースのリレー横断幕を持って行進=2015/8/04、府中町  
 
世界大会開会総会の壇上で国際青年リレー・タスキの(裏面)署名を掲げる。左の幕は新潟の青年・学生が作製したリレー旗で、新潟の青年が待ちました=2015/8/04、広島市・県立総合体育館・グリーンアリーナ  
 今日は、府中町の行進、広島市東区役所の訪問と行進です。
 そして、「東京→広島」コースと「富山→広島」コースが、午前中に終結します。
 午後は、世界大会開会総会です。
 天気は、晴れでした。
 午前8時45分、府中町役場近くの原爆犠牲者慰霊碑前で黙祷を捧げ、最後の行進へ移りました。
 慰霊碑へ、早めに着いたので、周囲を歩いてみました。
 慰霊碑は、府中町主流の府中川へ、支流の榎木川が合流する三角地です(下流は猿猴川)。その三角地の河原で、息絶えた人々を火葬したのです。
  参照 http://www.takeda-a.net/08-8-03.html
 原爆被爆から逃れ、助けを求め、府中町、旧船越町(広島市安芸区)、海田町、旧矢野町(広島市安芸区)、坂町方面へ向かった人は、4万5千人と言われます。
 府中町での避難者は5千4百人、海田市駅での避難者は8千人だったと、各役場の集会で聞きました。
 8月1日の呉市から、今日、4日の広島平和公園までの行進は、被爆者が避難した道です。
 その苦難の状況を、思いながら歩きました。
 午前11時45分、広島平和公園へ終結した「東京→広島」コース、「富山→広島」コース、網の目「宇品」コースの終結集会が開かれました。
 真っ黒に日焼けした通し行進者たちは、無事の到着に感謝し、喜びを分かち合いました。
 午後2時、広島市・県立総合体育館・グリーンアリーナで、世界大会の開会総会が開かれました。
 連帯の挨拶をした俳優の宝田明さんは、安倍総理に「白旗を上げる」ことを提言しました。それは不名誉なことではなく、日本が戦争をしない平和な国であると、信頼される道だと説きました。最後に、自作の反戦の歌「私の願い」をうたい、会場から手拍子と、大きな拍手が起きました。
 開会総会の終盤、平和行進のリレー横断幕を持って通し行進者たちと、国際青年リレー行進者たちが登壇し、一言ずつの挨拶をしました。私は、好評だった国際青年リレー・タスキをつないだ、タスキ裏面の署名を掲げ、成功を報告しました。そして、新潟から託された青年・学生リレー旗を紹介しました。
 平和行進の歴史が、青年・学生に引き継がれ、飛躍する年になったと思います。
 今日の行進は、3区間を参加者70~100人超で6kmです。