竹田昭彦日誌(#04)5月09日(水)


〈被爆者が先頭で行進〉

終了集会で話す荒木礼子さん
=麻生区役所

 昨日、私と横断幕を持って行進した被爆者の荒木礼子さん(75歳)が、今朝も笑顔で見えました。私が、「昨日はお疲れだったでしょう」と話しますと、「大丈夫」と応えられました。
 荒木さんは、朝の出発集会と午後の終了集会で、行進に参加している思いを話されました。広島で家族みんな(父母・姉妹)が被爆し、現在、生き残っているのは自分だけだそうです。同級生も、当時、生き残ったのは3人だけで、現在、生きているのは自分だけだと話されます。「若い人のためにも、自分のためにも」「原爆、反対を言い続けます」、と結ばれました。
 3日間の川崎市の行進では、被爆者が先頭を歩いています。神奈川県に被爆者が3000人おられ、平均年齢は75歳を過ぎたそうです。私は、毎日、励まされています。

休憩所で冷水などの接待を受ける行進者たち=生協寺尾台店(多摩区)

 今日は陽ざしが強く、のどが渇きました。参加者のみなさんも同じだったようです。休憩のたびに、生協関係者の冷水、飴、果物などの接待があり、「混雑」するほど喜ばれています。私も「駆けつけ3杯」の言われの通り、飲み物を3杯頂き、水分補給をしました。
 今日の行進は、高津区役所からスタートし、宮前区、多摩区を通り、麻生区役所まででした。コースは、多摩丘陵が続く住宅地が中心で、アップダウンが続きました。私は、歩きに適度のメリハリを感じました。また、通行人や行き交う車が身近で、手を振って頂く人たちが多く、元気を頂きました。
 参加者は、各区間80人から100人前後で、延べ130人でした。行進距離は14.5q、沿道募金は8,150円です。高津区、多摩区、麻生区の区役所訪問では、区長(又は副区長)さんから激励の挨拶を頂きました。