竹田昭彦日誌(11)7月07日(金)

〈宮崎県から大分県へ引き継ぐ

「延岡→重岡」平和マラソンのスタート(先頭が斎藤さん)
 今日は、宮崎県から大分県へ引き継ぐ日です。
 この日に、毎年、宮崎の延岡市から引継ぎ場所(大分県佐伯市JR重岡駅)まで、平和マラソンをしているランナー達がいます。
 全司法労組の人達です。
 スタートを見送ろうと、朝の6時に職場の延岡裁判所をたずねると、入念な準備中でした。天気は、雷雨のドシャ降りです。
 小降りになるのを待ち、6時半過ぎ5人がスタートしました。「ガンバレー」の声援をおくりました。
 午後1時の引継式までにゴールするよう、38.3劼鯀ります。そのコースには、九州三大峠の一つと呼ばれる宗太郎峠があります。箱根大学駅伝5区の山登りに似た、厳しい道程です。
 この平和マラソンは、今年で26回目になるそうです。最初が1981年ですから、日本で最初の反核平和マラソンだと思います。私の知る限りでは、新スポーツ連盟(旧新体連)の関係者が関西ではじめたのが82年で、83年に福岡市職労が福岡→長崎(現広島→長崎500辧砲鬚呂犬瓩い襪らです。
 最初から走り続けている世話役の斎藤富士男さん(OB)に聞きますと、平和行進のコースの一部を、車に乗った移動に頼らず、すべて人の足で通したい、との思いから初めたと言います。そして、若い人達に広がったのです。
 宮崎県最後の平和行進は、10時半から延岡市役所で出発式を開き、延岡駅まで2卻發ました。参加者は約50人です。出発式では、市の収入役さんから歓迎の挨拶と、募金、署名をいただきました。
大分県の平和行進スタート
=JR重岡駅前
 引継式は、重岡駅前で開かれ、総勢90人の規模でした。リレー横断幕と団体旗は、無事に大分県へ引き継がれました。私は、宮崎県の行進でお世話になった御礼を述べ、大分県へ移りました。その引継ぎ中に、平和マラソンの人達が到着し、拍手で迎えられました。ご苦労様です。
 引継ぎ後、直ちに大分県の行進がスタートしました。その後、佐伯市街を断続的に行進し、延べ4卻發ました。
 行進中には、ビラを配ります。参加者は30〜40人でした。