竹田昭彦日誌(39)7月26日(火)

〈福岡県から佐賀県へ引き継ぐ〉

 福岡県行進の最後の日です。8時から久留米市役所脇の広場で、出発集会が、約50人の参加で開かれました。
 そして、8時20分には、行進がスタートしました。早い時間のスタートです。午前のコースは、歩け、歩けの行進になるだろうと思いました。
 久留米市役所は、20階建ての高層ビルに変わっていました。10数年前、旧建物で「フルマラソンを100回走って」などと言う、下手な講演をしたことがあったので、その変わりようにビックリしました。新しい市役所の評判を聞きますと、色々でした。
 午前の行進では、宣伝カーのアナウンスをされた、久留米実行委員会事務局の古賀さんが、「沖縄から歩いてきた竹田昭彦さんが先頭で・・・・」、と何度も放送されるので、恐縮しました。恥ずかしいと思っては、平和運動にならないから、今まで通りに手を振り、声を出して歩きました。

「沖縄→長崎コース」と「広島→長崎コース」が合流=佐賀県基山町

 昼に着いた佐賀県基山町の引継式では、 峅縄→長崎コース」と、既に北九州市で合流した◆峭島→長崎コース」「宮崎→長崎コース」が、一緒になりました。複雑ですが、沖縄、宮崎、広島の各県から、長崎へ向かって出発した3コースが、基山町で1本になったことを意味します。引継式の参加者は、100人を超えていました。
 私は、昨年「長崎→広島コース」を行進しました。今年、この基山町から長崎へ向かうコースは、昨年と反対方向になります。
 (注)3コースは、長崎へ向かう年と、広島へ向かう年が交互にあります。
 引継式では、昨年お世話になった方々と親しく挨拶を交わしました。全医労の方たちは、今年も張り切っておられました。全医労が「責任団体」の行進日(28日)には、「趣向を凝らす」そうです。私は、「期待しています」と話しました。
 また、昨年、北九州市から広島までご一緒した、長崎県対馬市の糸瀬正彦さんとも再会し、かたい握手を交わしました。今回は、対馬の若い青年もご一緒でした。共に長崎を目ざします。
 今日のコースは久留
米市役所から、小郡市を通り、佐賀県基山町で引き継ぎ、鳥栖市役所迄でした。午前の久留米コースの参加者は45人前後でした(延べ55人)。歩いた距離は、一部分の車移動を除き9劼任后
 小郡市役所では、屋外で助役さんから歓迎と激励の挨拶を頂きました。
 午後の佐賀コースの参加者は、延べ29人で、歩いた距離は8.5劼任后
 私が福岡県を歩いた距離の総計は、51.5劼任后