竹田昭彦日誌(37)7月24日(日)

〈炎天下で汗が止まらず心配する〉

 大牟田市の出発集会は、9時から市役所前で開かれました。総勢100名規模で、迫力を感じました。
 原水協中央本部の発足と同じ時期に、大牟田原水協も発足したそうです。闘う炭鉱労働者の先取の歴史です。
 集会では、地元の被爆者代表をはじめ、各界代表者の決意表明がありました。
保育園児を連れたお母さんの平和の訴え=大牟田市の出発集会

 保育園児を連れたお母さんは、「この子の未来のためにも、核兵器も戦争も無い平和な世界を訴えて歩きます」、と力づよく表明されました。
 私の3人子も、延べ11年間、保育園児でした。当時を思い出し、心づよく感じました。集会の最後には、アコーディオンの伴奏で、「青い空」を合唱しました。ちょうど、30分が過ぎ、行進は9時にスタートしました。
 スタートして間もなくすると、汗が出てきました。普通は、一定量の汗が出ると止まるのですが、今日は止まりません。発汗のコントロールが異常になったのか、体調が心配になりました。
 午前中は、風が無く、アスファルト舗装の照り返しもあり、体感温度は40度を超えていました。それと、行進団が100名規模だったので、交差点の赤信号に、隊列が何回も寸断され、日陰の無いところに度々止まったことも影響したようです。
 年配のご婦人から、休憩時間の都度、私的に飲み物を頂きました。私は、発汗に気を取られ、お礼だけの会話で、たいへん失礼しました。そのご婦人は、私が出発式で、通し行進者として挨拶した「父が戦死し、父の面影を知らない遺児である」話を知ってのことだろうと、想像しています。
 それにしても、休憩時間のタイミングの良いところで、さっと見え、お茶のペットボトル、スポーツドリンク、自宅から持ってきた紅茶、と頂きました。行進が終わってみると、どのようなお方か分からず、お話を、しなかったことを悔やんでいます。車に乗って参加されていたようです。誠にありがとうございます。
 午後になると、風が吹いてきたこともあり、汗は止まりました。何事も起きず、午後の4時過ぎ、明日行進する筑後市へ引き継ぐことが出来ました。
 今日のコースは、大牟田市役所から国道209号線を北上し、高田町、瀬高町を通り、筑後市との境界迄でした。
 参加者は100〜50人でした。歩いた距離は、22劼任后C聾気任蓮一番長いコースだと言っていました。