竹田昭彦日誌(36)7月23日(土)

〈熊本県から福岡県へ引き継ぐ〉

 熊本県行進の最後の日です。
 平和行進の隊列に、「熊建労」の宣伝カーが1台追加されました。連日、炎天下の行進で発汗が多く、やや、集中力が鈍ってきました。無事、熊本県の行進を果たして、福岡県へ引き継がねば、との思いを強く持ち歩きました。
 午前中に休憩した岱明(たいめい)町役場では、休庁日にもかかわらず、庁舎の中で、冷水の接待を受けました。これは、これまでの行進団で初めての体験です。当直の一人の婦人が手際よく仕切っていましたから、庁内の事前準備が、よく出来ていると思いました。
 良いことがありました。長洲町役場から、荒尾市役所にかけては、鹿児島本線と平行した国道389号線を行進しました。
 その時、何回か行き交う列車に手を振っていると、荒尾市に入った直後に、対向してきた貨物列車の運転手さんが、汽笛を「ピー」と鳴らしてくれました。平和行進への連帯と激励です。「ヤッター」と思い、嬉しかったです。国鉄時代には、汽笛を鳴らす運転手が多かったと聞いています。JRに変わっても、伝統は引き継がれているな、と思いました。
「新日本婦人の会」のリレー旗を熊本県(右)から福岡県(左)へ引き継ぐ

 熊本県から福岡県への引継式は、県境の荒尾市の四ツ山町公民館広場で、16時30分から開かれました。参加者は、熊本県が約40人、福岡県が約60人、総勢100人でした。各団体のリレー旗と、通しの横断幕が、とどこおりなく引き継がれました。熊本県国公労の代表者の挨拶では、県下の平和行進に述べ300人が参加した、と報告されていました。熊本県の皆さん、たいへんお世話になり、ありがとうございます。
 引き継ぎ後は、早速、福岡県の行進がスタートしました。福岡県を最初に行進する大牟田市は、かって、繁栄を誇った「三井三池炭坑」の中心地だったことを知りました。行進途中にあった庭園の「三井港倶楽部」は、有名な社交場だったらしく、明治時代(明治41年完成)のしゃれた建物が目につきました。その門前が休憩場所でした。年配の人たちから、「三井港倶楽部」の看板をバックに、私を入れた写真撮影を何回か、頼まれました。かっては、一般の人が入れない場所だったそうです。現在はレストランや結婚式場ととなり、一般に利用されています。
 今日のコースは玉名市役所から、岱明町、長洲町を通り、福岡県の大牟田市役所迄でした。熊本コースの参加者は30〜25〜35人で、福岡コースは約50人でした。歩いた距離は、熊本コースが一部分の車移動を除き16辧∧_コースが4.5辧合計20.5劼任后7本県を歩いた距離の総計は、実質的に歩いた9日間で、131劼任后