竹田昭彦日誌(37)8月3日(火)

各家から折り鶴が託される

天気は、やっと台風一過の晴れになり、湿度も低く、行進日和でした。
今日の行進は、大野町役場を出発して、廿日市市役所、広島市佐伯区役所を訪問し、広島市西区の庚牛第一公園まででした。
行進団へ折り鶴を託される風景=廿日市市
廿日市本通商店街の行進の時、家々から折り鶴を持った人が出てこられ、行進団に託されました。事前に平和行進通過時間と、折り紙を配布してあったそうです。折り紙の配布は、300枚ほどだったそうですが、託された折り鶴は、500羽にもなりました。1羽の人もあれば、数羽をビニール袋に入れた人もありました。また、折り鶴の羽に、願いを書かれた人もありました。
原爆被災者が、廿日市の方へものがれて来たそうです。廿日市本通商店街は、避難道だったのです。
地元の人の話によると、被爆59年経って、原爆で亡くなった人の遺体が、大竹市沖の阿多田島で発見されたそうです。名札が残ってあり、遺族の人も名乗り出て、身元が分かったそうです。原爆の熱線に焼かれ、熱くて飛び込んだ川から、海に流され、遺体で島へたどり着いていたのでしょうか。アメリカの投下した原爆の犯罪は、必ず糾弾されなければなりません
広島県に入ってからは、行進毎にお巡りさんが5、6人出られ、車両の通行規制をされるので、車道の行進がスムーズにいきます。
本日の行進は、20名から30名規模で、21.5卻發ました。なお、昨日書き忘れた山口県の合計距離は、119劼任后