竹田昭彦日誌(32)7月29日(木)

山口県は多くの偉人の出たところ

光市郊外の行進風景
今日の行進は、午前の光市内4劼函午後の宣伝カーに乗った移動で、大和町役場と周南市熊毛総合支所を訪問し、その後、田布施町役場から平生町役場までの5劼任靴拭
昨日の下松市の行進では、それまで県下の行進に出ていたお巡りさんが、はじめて不在でした。今日の行進も不在かと思っていたら、出ておりました。管轄署によって違うのでしょうか。
光市の行進の終点となった、総合体育館の近くにある「市川正一之碑」を、昼の休憩時に見学しました。市川正一さんは、戦争に反対したため獄中にとらわれ、終戦を目前に獄死しました。獄中で「日本共産党闘争小史」をあらわした偉人です。
大和町役場でお会いした、助役さんの名刺に千円札が刷ってあり、びっくりしました。よく見ると「伊藤博文公生誕の地」大和町、と説明がありました。私は「小遣いをもらったようです」、と話しました。私の住む横浜市(金沢区)には、「明治憲法草創之碑」があり、伊藤博文さんが草案をねった宿も保存されています。
地元の人は、山口県から左・右の偉人が多く出ている、と話していました。
周南市熊毛総合支所では、ここから行進があるとの連絡で、高教組の2人が来ていました。実際は無かったので、変更を知らなかったようです。
田布施町役場では、行進する前、助役さんと議長さんにお会いしました。議長さんは、広島に原爆が落とされ、「新型爆弾」の悲惨さを伝え聞いた、当時の話をされ、声を詰まらしていました。印象に残りました。
本日の行進は、区間により20名から25名規模で、合計9卻發ました。