竹田昭彦日誌(08)7月5日(月)

日本最長のアーケード街を行進

台風一過、湿度が下がり良い晴天になりました。行進は、9時50分に佐世保駅前から40名ほどで出発しました。
佐世保は、米軍と自衛隊の基地の町です。私が住む横浜の隣の横須賀と似ています。どちらの港にも、米国の原子力潜水艦が休養と補給を理由に、寄港を繰り返しています。米国は、2008年の会計年度までに通常推進型の空母を全廃し、全て原子力推進型にする計画です。この計画とともに、第7艦隊の母港にしている横須賀へ、原子力空母の配備を狙っています。何倍も危険になる重大事です。既に、原子力空母の長大さに見合った接岸バース(12号)の延伸・拡幅工事が進んでいます。アメリカべったりの小泉首相(横須賀が地盤)は、原子力空母の配備を「明日にでも」、ブッシュ大統領と「OK」するかも知れません。第7艦隊の母港を止めさせる運動を、強めなければ、と思いながら基地の前を行進しました。
「させぼ四ヶ町アーケード街」を初めて行進
今日の行進のハイライトは、平和行進史上初めて「四ヶ町アーケード街」を歩いたことです。直線的に1勸幣紊眈ε垢連なり、日本一長いアーケードだそうです。「四ヶ町」の名は、四つの町で構成している大きさを意味するそうです。
左世保の行進実行委員会では、これまでのコースを見直したそうです。「四ヶ町アーケード街」を歩いた事が、今後の運動の発展のつながると思います。鳴り物入りのパレード的パフォーマンスも展望され、歓迎されるでしょう。
昼食の時、食堂のお客さんの中に、私たちが平和行進の人だと知り、広島で原爆投下直後に生まれたこと、焼け野原で悲惨な生活だったこ、放射能を吸ったことなど、堰を切ったように話し始めました(男性)。その人と同行の人も初めて知る様子でした。辛くてイヤなことは、話したくない気持ちで生きてきたと感じました。平和行進が、色々なかたちで響く、嬉しい思いでした。今日の行進は、7劼巴襪暴わりました。