竹田昭彦日誌(03)6月30日(水)

炎天下19.5匚埒

蛍茶屋の出発集会では、参加者が40名ほどでしたが、出発すると60名になっていました。出発集会の報告でも、昨日の行進参加者数は140名だったと、増加の「訂正」がありました。長崎市の行進は、すすむにつれて、参加者が増える特徴があるようです。
長崎市の難所「日見峠」を上る
今日も暑い一日でした。若い人も暑さに負けた様子でした。終わり頃になると、行進の遅いペースに合わせるのが辛くなり、若い人たちが前の方へ寄って来ました。そもそも今日のコースは、長丁場の難コースでした。午前は、出発した蛍茶屋から日見峠のトンネル(標高数100m)まで3匸紊蝓△修靴董橘湾まで3匆爾訛腓な負荷がありした。午後は、交通量の多い国道の車道や狭い歩道を13.5卻發、安全に神経をつかいました。参加者の皆さんが、終点の西諌早駅に無事到着され、ホッとした表情でした。そして、今日の行進の達成感を味わった様子でした。
午後の行進では、長崎市の隣の多良見町役場を訪問しました。玄関先には、助役さん以下20名の職員が出ておられ、歓迎集会が開かれました。私は、感激とお礼の言葉を述べました。多良見町出身の宮島さん(県内通し行進者)は、長崎に原爆が落とされた時、9歳だったそうです。閃光と爆発音があり、黒い雨が降ったそうです。多良見町も、原爆の被害にあったのです。被爆認定の距離の線引きに、入る地域と外れる地域があるそうです。
暑さは、1週間くらい行進すれば、身体がなれると思います。