竹田昭彦日誌(#49)6月22日(土)

〈山形県から福島県へ引き継ぐ〉

山形県から福島県へ引き継ぎ式

 山形県から福島県へ引き継ぐ日です。
 引き継ぎ式は午後なので、午前は自由時間です。自転車を借り、米沢市内を回りました。むかし川崎市の日本鋼管で同僚だった友人の息子が交通事故で亡くなり、米沢市内に墓があるので、お参りしたり、高校の母校跡(上杉神社前)などを訪ねました。
 私が4歳のとき、東京から山形へ疎開した最初の地が米沢市です。母、姉(5歳)、弟(2歳)を入れた4人でした。疎開直後、父の戦死が知らされ、葬式、その直後、弟(第4子)の誕生です。私の記憶は、はっきりしてないが、母は、めまぐるしい激変に、どんな思いで生き抜いたのでしょうか。
 午後3時、国道13号線で山形県から県境の吾妻山の栗子トンネルを抜け、「栗子茶屋・ドライブイン」(米沢市・板谷)前で、山形県から福島県への引き継ぎ集会が開かれました。
 両県の代表者や私の挨拶後、リレー横断幕と各団体旗を無事引き継ぎました。会場には霧がかかり、気温11度と寒かったです。ここで奥羽山脈が終わり、吾妻山を越えたので、これから暑くなるばかりです。
 午後4時、福島市の「井野目交差点」から、福島の行進がはじまり、飯坂温泉街に向かいました。温泉街にかかると、マラソン仲間の豆腐屋さんの叔母ちゃんとお姉さんが、手を振っています。嬉しくなりました。名前を呼びましたが、分からなかったようです。この行進中には、チラシを沿道の人や各戸に配布していました。参加者54人で45分ほど歩き、「湯野農協」駐車場で終了です。
 これまで歩いた山形県の合計は、21.3劼任后
 今日の行進は、福島県側を3卻發ました。