竹田昭彦日誌(#32)6月06日(月)
〈 津軽半島1周 150` 〉
 今日は、蓬田村、外ヶ浜町、今別町の行進と役場訪問、五所川原市での引継式です。
 日程は、青森市から宣伝カーや乗用車に分乗して走り、要所で歩きながら、津軽半島を1周し、五所川原市まで行きす。その距離約150q、全国でも1番長いと思います。
 行進の方式は、宣伝カーで訴えながら走り、役場周辺の人家があるところを歩きます。外ヶ浜町では、合併する前の蟹田町、平舘村、三厩村を行進し、支所も訪問します。   
出発集会で挨拶する高草木博日本原水協代表理事(左)=青森市・青森県教育会館前
 朝9時過ぎ、青森市にある青森県教育会館前で出発集会が開かれ、津軽半島1周し、五所川原市へ向かうコースがスタートしました。平日なのに30余人の集会となり、青森県民の取り組みのパワーが伝わってきます。
 青森市は、1945年(昭20年)7月27日の深夜、米軍機の空襲で千人近くが死亡、市街地が焼け野原になりました。東北最大の空襲と言われます。
蓬田村を平和行進
 津軽海峡を越えると気候が変わり、初夏の模様です。田園は、田植が終わり、緑一色です。外套を脱いで歩きました。
 お会いした蓬田村の村長さんは、「営林署の縮小、廃止は村を破壊した」と話しました。この地方はヒバの産地で、山で働く人がいなくなり、製材所がなくなり、人口が激減したそうです。「原水爆禁止運動を村でもがんばるから、皆さんが全国で盛り上げてほしい」と、励ましを頂きました。
五所川原市で団体リレー旗を青森市地域(右)から五所川原市地域(左)へ引き継ぐ
 夕方5時半、五所川原市役所前で引継式が開かれ、津軽半島を1周してきた「リレー横断幕」や「団体リレー旗」が、青森市地域から五所川原市地域(西北五原水爆禁止の会)へ渡されました。
 引継式には、青森市から行進して来た20人と、西北五原水協の人たち30数人が集い、盛大でした。今日は五所川原市の行進がないのに、式だけに30数人の参加は凄いと思いました。
 今日の自治体訪問では、ペナント、募金、激励をを頂きました。行進は、区間により30〜20人で2.9q歩きました。