竹田昭彦日誌(25)7月21日(金)

〈福岡県から山口県へ引き継ぐ

「平和遺族会」の桃太郎リレー旗と行進者
 行進の出発式などで、私の挨拶を求められた場合は、「生まれが1940年(昭和15年)で66歳、住まいは神奈川県横浜市です」と話します。
 このことは、私が4歳のときに父が戦死し、戦争の悲惨な体験、憲法9条を守れの話につながり、横浜市は、隣が横須賀市や大和市で、米海軍第7艦隊の母港にされている横須賀基地問題、艦載機のタッチアンドゴー(夜間離着陸訓練)で騒音と事故多発の厚木航空基地の話につながるからです。
 遺児の話は、同年代の人達に直ぐ理解されます。今日は、3人の遺児の方と知り合いました。直ぐ、戦死したときの自分の年齢、戦没地、苦労話になります。行き交う車に手を振るのも忘れ、話し込んでしまいました。
 行進の終わり際、遺児のご婦人から、チョコレートをいただきました。後で、食べようとしてよく見ると、LOTTEの「KISS」と書かれた商品でした。
 今日は、雨も降らず、気分のよい行進日よりでした。
 関門海峡連絡船が出る門司港の「マリンゲートもじ」前で、北九州市門司区行進の終了式を開きました。延べ参加者は124人で、前回(04年)の行進より20人増えたと、報告されました。
 今日の北九州市行進は、小倉北区役所から門司港までで、参加者が50〜80人、歩いた距離が16劼任后1萋司膓發蓮■泳円いただきました。
 門司区役所訪問では、総務課長さんから、区長のメッセージが披露され、激励をいただきました。
 終了式後、4時10分発の船に乗り、山口県の下関市へ行きました。
リレー横断幕が福岡県(右)から山口県(左)へ引き継がれる
 「福岡県から山口県への引継式」は、5時半から下関港前の唐戸三角公園で開かれ、3コースのリレー横断幕とリレー団体旗が、無事に九州から本州へ引継ぎました。
 山口県の行進は、明日から歩きます。