竹田昭彦日誌(27)7月14日(木)

〈行進終了後に感想を述べあう〉

 夜半から朝にかけ、凄い雷雨がありました。連日の雷雨で、落雷による停電もあったようです。
 出発集会の時には止んだが、役員から、雷雨が激しくなった場合は「中断もある」、と話されました。雨より雷が危険だと思います。瞬時に襲われ、逃げる間もありません。いつでも合羽を着られる準備をして行進しました。終わってみれば、雨にも雷にも襲われず、よかったです。
 行進参加者の大半は、若い人たちでした。初めて行進する人から、30年連続のベテランもおりました。30年間も、続けている人は、平和行進の生き字引だと思います。今日は、スピードの早い・遅いに気を使わず、スムースに歩くことができました。
 熊本県へ入ってからは、製材工場、合板工場、製紙工場など、木材産業があることに気づきました。地元の人に聞くと、国見山地を背景にした林業の盛んな地域だと知りました。森林と水が豊富で、林業が相当栄えたそうです。残念なことに、産業排水の汚染が原因で、発症した「水俣病」は、この地域に歴史的な汚点を残してしまいました。昨日渡った「水俣川」や、今日渡った球磨焼酎で有名な「球磨川」を見ながら、複雑な思いをしました。
終了集会(右が感想を話す青年)=八代市役所

 八代市役所で開いた終了集会では、各団体の代表者から感想が述べられました。その中で、終始横断幕を持って歩いていた年輩のご婦人が、八代市の議員さんだったと知りました。その人の後ろを歩いていた私は、早い時期から、上着の背中が汗で濡れているのに、交代もせず、先頭で歩き続けるエネルギーは何だろうと思っていました。私と同じくお父さんが戦死され、遺児であることを話されました。平和への強い願いは同じだと思いました。毎年、この地区を先頭で歩き通しているそうです。
 終了集会後に、地元役員と八代市長を訪問しました(対応秘書課長)。被爆60年なので、広島と長崎へ原爆が投下された8月の日時に、サイレンを鳴らすなど、市民へ広報で知らせ、黙祷を捧げる取り組みを、市の平和行政として行われるよう要請しました。
 今日のコースは、田浦町の肥後田浦駅からスタートし、日奈久温泉街を通り、八代市役所迄で、参加者は延べ29人でした。
 歩いた距離は12.5�劼任后�
 なお、「太郎峠」三つ目の「赤松太郎峠」と他の1部は、車で移動しました。