竹田昭彦日誌(#02)5月06日(月)

〈礼文島を出発〉

礼文島を出発した2002年平和行進(右から)本間さん、若山さん、竹田

 9時過ぎ、礼文町役場から宣伝カーと自家用車で出発し(総勢9人)、カセットテープのスポットで宣伝しながら、礼文島北端のスコトン岬へ行きました。
 沿道には、ほとんど人影はなく、港のある集落に寄ると、米ぬかに漬けたホッケを海岸の棚に吊して干してあるのが目に留まりました。焼いて食べると美味しいそうです。
 礼文島の人口は、4千人です。過疎化が進み、須古頓(スコトン)小学校は廃校になっていました。
 礼文町役場に戻り、11時から役場前で出発集会を開きました。参加者は13人(地元3人)です。
 私は「北海道→東京コース」(内陸コース)の出発に当たり、最後まで元気で歩き通す決意を表明しました。
 11時20分、役場からフェリー乗場まで、未だ冷たい春の潮風を受けながら、元気に行進を開始しました。東京をめざす第1歩です。
 その後、フェリーで稚内に渡り、稚内総合文化センターで、稚内集会が開かれました(参加者34人)。集会では、核兵器の廃絶運動をすすめるアピールを採択しました。
 その後、16時20分に、稚内総合文化センターから行進がはじまり、南稚内駅前で終了しました。
 宿泊は、児島さん、松島さん、竹田と、稚内から一緒になった東京・荒川区の中島辰男さんが加わり4人になりました。
 4人は宿の近くで夕食をとり、行進にかける思いを語り合いました。
 中島さんは、都議会議員をされた方ですが、一度は北海道を行進したいとの強い思いから、優れない体調を押して1週間歩くそうです。
 今日の行進は、礼文島が13人で1.5辧稚内が32人で4卻發ました。