竹田昭彦日誌(#44)7月18日(木)
〈 アイスの差し入れ 〉
 大山町役場訪問と行進、米子市の行進、日吉津村(ひえづそん)の役場訪問と行進です。
 9時、大山町役場で職員20人の出迎えを受け、出発式を開き、町長から激励の挨拶をいただ、行進がスタートしました。
 町長は、1945年7月28日、大山町の大山口駅近くで米軍艦載機による列車爆撃があり、44人が死亡したと話されました。 式後、町長と面談しますと、大山口駅前に慰霊碑があるので見られるようすすめられました。
 午前の休憩場所が、大山口駅で、見ることができました。「由来記」には、詳しい戦災状況と戦争を繰り返さない誓いが書いてありました。 
アイスクリームの差し入れで涼をとる=大山町
 10時30分、田園地域を行進していると、軽トラックが止まり、アイスクリームの差し入れがありました。
 休憩時間までとっておくと、溶けてしまうので、その場で食べました。1人2本ずつです。美味しくいただきました。
「核兵器も原発もいらない」行進歓迎の旗=米子市淀江
 12時過ぎ、昼食・休憩場所へ向かうと、「核兵器も原発もいらない」と旗を掲げて歓迎されました。
 旗は、新日本婦人の会の鳥取県本部の寄せ書きです。行進した地域の班名など書いてリレーしています。
 午後3時、日吉津村役場を訪問し、村長から激励の挨拶をいただきました。村長は、「原爆資料展を30年以上続けている」と話されました。村の平和行政の継続を嬉しく思いました。
 日吉津村は、「村」の読み方を「むら」ではなく、「そん」と読みます。
 自治体の「○○町」の読み方も、「まち」と読むところと、「ちょう」と読むところがあり、覚えきれず、困っています。
 昼食は、バイキング風で、メニュー多く、書き切れません。黒豆を入れたご飯が赤く染まり、美味しいかったです。
 昼食づくりに、若いお母さんと幼児の参加が4組あり、にぎやかでした。
 今日の行進は 延べ参加者35人で、切れ目なく午後4時50分まで歩きました。携帯電話のGPS測定に、プラス誤差が大きく出るように思われ、記入を控えます。
 沿道募金は、11,650円余をいただきました。