竹田昭彦日誌(#70)7月22日(火)
歌って踊って歩く
岡山弁でシュプレヒコールをする倉敷市職労の中原徹朗さん(中央)=倉敷市
 今日は、倉敷市内の行進です。
 出発地点の倉敷市役所へ行くと、玄関ホールで、原爆被爆パネル展と太平洋戦争に関わる行政書類等の展示をしていました。徴兵検査通達書、復員証明書、引揚証明書、死亡通知書など、知りたい書類が沢山ありました。ゆっくり見る時間がなく、写真に撮りました。今日も、暑さを吹き飛ばす話題がありました。岡山弁でシュプレヒコールをしました。

   「どがーな戦争ものーなせー」
   「核兵器をのーなすんじゃー」
   「わしらーは平和がぼっけー好きじゃー」

 ユーモアの発信者は、倉敷市職労倉敷支部書記長の中原徹朗さんです。
ギターを奏で歌声でアピールする倉敷医療生協の「フレンズ」のお二人=倉敷市
 ギターを持って参加したのは、倉敷医療生協のサークル「フレンズ」のお二人です。よい声で歌われ、聞き入りました。芸が達者なようで、休憩時間には踊っていました。
 「お座敷の声がかかると出演するのですか」と、聞きますと、「声がかからなくても出ます」と言っていました。(後日、お一人は倉敷市議会の議員さんだったと知り、びっくりしました)
高梁川の旧霞橋を踊って渡る平和行進=倉敷市・高梁川
 休憩時間の接待も、楽しみです。冷やしトマトや、おにぎり、冷たいカルピスの提供がありました。カルピスは、美味しくいただき、何杯もおかわりしました。お茶と違った喉ごしがあり、甘い飲み物もよいものです。冷やしトマトを入れたパットのところに、「冷たいのはいかが・水島新婦人」と書いた紙が下がっていました。心遣いと提供者が分かり、お礼を述べる気持ちに、親しみがわきました。
 倉敷市の水島から玉島へ向かう間に、高梁川(たかはしがわ)が流れています。川に架かる旧霞橋は、絵になるコースです。旧霞橋を渡るのは、3回目です。1995年の被爆50周年の「反核平和マラソン東京・長崎1,500q」と、昨年の平和行進、そして今年です。昨年撮った写真が、今年の平和行進のリーフレットに載っています。
 旧霞橋は、下流に新霞橋が架かったことから、人道橋になりました。車が通らないから、道幅いっぱい歩けます。今年は、通し行進者の米山幸子さんが、踊りながら渡りました。米山さんは、保母(福祉士)さんで、私の妻と同僚でした。遊び心とユーモアのある方です。
 今日の行進参加者は、約60人で18q歩きました。倉敷市役所での出発集会では、副市長さんから激励の挨拶をいただきました。午後の倉敷市水島支所の出発集会では、支所長さんから激励の挨拶をいただきました。